結局、最後は「手書き」の熱量|アナログ回帰で見つけた本当の生徒理解と、動画授業の失敗

✿ この記事で分かること

  • 高3の授業をデジタルからアナログのワークシートに戻した理由
  • 手書きのプリントから見えた「その子自身の生々しい思考」
  • 解説動画を流す「横着」が失敗した話
  • 効率化の中で切り捨ててはいけない「身体性」

ゴールデンウィークの真っ只中ですが、私は4月からの校務の仕事に忙殺されて、もうヘロヘロになっています(笑)教材研究も全然追いつかなくて、正直「後手後手」に回っている毎日です。そんな中で、あえて高3の授業をデジタルから「アナログ」に戻してみたんです。

画面越しの「綺麗な文字」への、言葉にできないモヤモヤ

今はICTが当たり前の時代ですよね。私も効率化は大好きです。でも、画面越しに提出される「綺麗な文字」だけをサクサク点検していて、本当に生徒一人ひとりのつまずきや、頑張りを見取れているんだろうか?

デジタルで回収と返却を簡単にすればするほど、なんだか生徒との心の距離が遠くなっていくような、そんな言葉にできない「モヤモヤ」を抱えていたんです。そこで、ちょっとした「実験」をしてみました。

実験1:アナログのワークシートに戻す高校3年生の「論理国語」で実施。手書きの思考の跡から、生徒のつまずきや頑張りが手に取るように分かった
実験2:解説動画を授業中に流す「私が二人いればいいのに!」と、動画の私が説明している間に本物の私が机間巡視。見事なまでにダメだった

実験1:手書きの「思考の跡」に、ハッとした

受験がまだ手書き主流だからという「もっともらしい理由」も添えましたが、本音はもっと別のところにありました。アナログのプリントを回収してパッと見たとき、デジタルでは絶対に入ってこなかった情報が目に飛び込んできたんです。

  • プリントの端っこにちょこっと書かれた、自分なりの思考のメモ
  • 何度も消しゴムで消して書き直した跡
  • 字の勢い

それだけで、「あ、この子、今日はすごく精力を傾けて取り組んでいるな」とか「ここで迷ったんだな」ということが、その子のパーソナリティと共に手に取るように分かるんですよね。

デジタルなら簡単で綺麗なフィードバックができます。でも、紙の上で「これ、いいやん!」って思わずささっと赤ペンで線を引く、あの反射的なレスポンス。この生々しいやり取りこそが、生徒への理解をぐっと深めてくれるんだなと再確認しました。

実験2:「横着」をしようとして派手に失敗した話

「私が二人いればいいのに!」と思って、自分の解説を動画にして授業中に流してみたんですよ。動画の私が説明している間に、本物の私が机間巡視すれば最高じゃん!ってww

でも、これがもう、見事なまでにダメでした。評論みたいな複雑な内容って、録画だと情報の密度が強すぎて、生徒に全然届かないんです。私の表情や声のトーン、その場の「あ、ここ分かってないな」という空気に合わせたリアルタイムの判断ができないから、生徒の反応がみるみる死んでいくのが分かりました。「あ、これは失敗だったわ」と、すぐに生身の解説に戻した苦い経験です。

効率のために「身体性」を切り捨てると

結局、声のトーンや身振り手振りといった「身体性」や、手書きの「体温」みたいなものが、文字づら以上の膨大な情報を持っていることが再確認できました。効率を重視して「身体性」を切り捨ててしまうと、教育で一番大事なコミュニケーションが死んでしまうということですね。

私は根っからの「実践者」なので、あまり深く考えずにパッと決めて走り出しちゃうタイプです。今回も「アナログがいい!」って走り始めましたが、また明日には別のトライをしてたりデジタルに回帰しているかもしれません(笑)でも、それでいいんだと思うんです。

✿ まとめ

  • デジタルの効率化は、生徒との心の距離を遠くすることがある
  • 手書きのメモや消し跡には、その子自身の生々しい思考が宿る
  • 解説動画では、その場の空気に合わせたリアルタイムの判断ができない
  • 身体性や手書きの体温は、文字づら以上の膨大な情報を持っている

先生方も、日々の忙しさで「いかに効率よく回すか」にばかり目がいきがちですよね。でも、もしどこかで「生徒が見えないな」と感じたら、少しだけ不便で、少しだけ手間のかかるアナログの世界に立ち寄ってみませんか?そこで見つけた生徒の「思考の跡」が、教材研究でボロボロになった私たちの心に、小さな灯をともしてくれるかもしれません。

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※この記事はNotebookLMをアシスタントとして使用しました。
#国語教育 #アナログとデジタル #授業実践 #身体性 #生徒理解

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