楽しい授業だけでは、現代文の力は上がらない~興味関心から、あえて量に舵を切る~

✿ この記事のハイライト

現代文の偏差値は、他の教科に比べてとても上がりにくい。

導入を工夫し、生徒の興味・関心を喚起する授業をずっと大事にしてきましたが、目の前の生徒の状況を見て、あえて「量を読むトレーニング」に舵を切ることにしました。

探究以前に、文章を読むことに慣れる基本的なレベルから鍛え直さなければならないのではないか。模擬試験の振り返りで「読めていない」というコメントの嵐を見たことが、方向転換の引き金になりました。

単元学習や探究からは離れていく迷いも含めて、正直に書きました。

考えに考えに考え抜いていた

現代文の偏差値は、他の教科に比べてとても上がりにくいと感じています。

これまで私は導入を工夫し、課題を発見して解決する授業で、生徒の興味・関心を喚起することをずっと大事にしてきました。

でも今回、目の前の生徒の状況を見ていて、あえて量を読むトレーニングに舵を切ろうと考えています。

過去に現代文の偏差値が一番上がった生徒たちには、はっきりした共通点がありました。

自分が本気になって文章に向き合い、自分で構造図を書いて分析し、理解できないところを一つ一つ潰していく。それでもわからなければ、自分から質問に来る。

つまり、自分が納得するまで考えに考えに考え抜いていたのです。

裏を返せば、テクニックを教えるだけでは、この考え抜く習慣は育たないのだと思います。

言葉が撥水加工された表面のように弾かれていく

私の授業は、文章を読む前の導入をかなり大事にしています。

生徒の生活の中から教材と関わりのある出来事を掘り起こし、YouTube動画や新聞記事で教材と結びつける。

小説なら魅力を手がかりにざっと読ませ、疑問点を発見させて解決していく流れでデザインします。

ところが評論文になると、これがとても難しい。特に教材のテーマと生徒の興味関心が離れている場合に苦労します。

今回扱った「文化としての科学」は、スマートフォンを切り口にすることで何とか生徒の生活に近づけられました。

これまでの技術の粋を集めて作られ、情報社会を生きる生徒の身近にあるスマートフォン。そのメリットとデメリットを評論の視点で考え直すパフォーマンス課題にしたとき、生徒は目をキラキラさせて自分自身の生活を見直していました。

それでも、教科書の評論文は今の生徒にとって難しいレベルの文章が多いと思います。

情報化社会、アテンションエコノミー、映像文化にどっぷり浸かった生徒たちには、読みこなすのがやっと。文字で考える機会が圧倒的に少ないのです。

読むのが遅く、語句の意味もよくわからず、読んでも読んでも頭に入っていきません。

まるで言葉が撥水加工された表面のように、どんどん脳から弾かれていってしまう。

読み終わっても何も頭の中に残らない、というのが最近の生徒実態なのではないでしょうか。

読めていない、読めていない、読めていない

つまり探究以前に、単元学習以前に、文章を読むことに慣れるという基本的なレベルから鍛え直さなければならないと思っています。

課題発見解決型の授業も、丁寧なスローリーディングも、対話多めの授業もやってきました。

でもそういった授業だけでは、読む量が圧倒的に足りない。

模擬試験対策をして生徒に振り返りをさせたら、「読めていない、読めていない、読めていない」というコメントの嵐でした。

だからこそ、生徒が自分には文章を読む力がないと自覚したこのタイミングは、方向転換にはむしろ最適なのではないかと考えています。

今回はガチトレーニングだよ

量を読まないと質は担保できない。

シラバスがあるので教科書教材はきちんと扱いながら、帯単元のような形で文章を読ませ続ける構成を考えています。

冒頭5分の漢字トレーニングのあと教科書教材を読み、150字程度で何が書いてあったかを自分の言葉でまとめ、それについてどう思ったかを書く。

時間を測ってタイムトライアルのようにして、インプットとアウトプットを集中してやる。最初のうちは質を問わず、とにかく量で勝負です。

書いたものは友達と交換して読み合い、コメントをもらう。

40人以上に一人ずつフィードバックする時間はとてもないので、私が構造図化したまとめを一斉に示して、自分の理解と照らし合わせをさせます。

そのうえで、教材に関連した別の論理的な文章を読ませてみようと思っています。

正直に言えば、このやり方は生徒の興味関心に沿わせるというこれまでの姿勢からも、ずっとやってきた単元学習や探究からも、だいぶ離れていってしまいます。

でも今の子どもたちは文章を読む時間が圧倒的に少なく、本当にこれは探究以前の問題なのではないでしょうか。

これまで楽しく授業してきたと思うので、今回はガチトレーニングだよと宣言して、鍛えるゾーンに入っていくつもりです。

楽しい授業をやったからこそ鍛錬がやりやすくなる

この方針の後押しになったのは、以前読んだアメリカ在住のケイティ・ディスクさんのブログです。

IT業界にお勤めで、お子さんの日本語の力をキープさせたいという思いから、休みの日にカフェで好きな本のレポートを書き、家族で発表して読み合う「書評の日」をつくっていらっしゃる。

キープどころか学力が上がったのではないか、という手応えを感じておられました。

この事例からも、読んで書くこと、つまりインプットとアウトプットを回すことを、自分の興味のある分野で、安心安全な場でやるのが、読解力をつける一番の方法ではないかと思いました。

もちろん丁寧に精読することも大事だけれど、同時にたくさん読むことも大事。

この二つをどう組み合わせていくかが、文字情報に触れる機会が劇的に少なくなった今の生徒たちには重要になってくると思っています。

特別進学コースの生徒は読むのも早く、ガツガツ進めてもついてきてくれましたが、学力が足りない生徒になると一気に読めなくなる。

限られた時間でたくさん読ませ、たくさん考えさせて密度の濃い時間にするのが、これからの私の課題です。

言い換えれば、楽しい授業と鍛錬の授業は対立するものではなくて、楽しい授業をやったからこそ鍛錬がやりやすくなる。

そう思っています。

皆さんはスローリーディングと多読を、どう組み合わせていらっしゃるでしょうか。

※この記事はClaudeをアシスタントとして使用しました。

#国語教育 #現代文 #読解力 #授業づくり #単元学習

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