✿ この記事で分かること
- 生徒指導と子育てに明け暮れ、教科指導で同期に遅れをとった17年間
- ワンオペ育児と厳しい学校が続いた日々
- 「失われた」と思っていた時間が、深くて広い学びになっていたという気づき

「自分、先生として積み上げてきたのかな」
教員になったものの、教科指導どころか、生徒指導に明け暮れ、次いで子育てに明け暮れた17年間。同期が教科指導でどんどん実績を重ねていく中、自分だけが取り残されているような感覚。出遅れた、失った、という感覚。でも、それが「失われていた」かどうかは、また別の話なのでした。
同期に水を開けられた、あの感覚
教員になってから17年間、生活指導が中心の学校を歴任してきました。その間に2人の子供の出産と育児があって、教科指導からは「1歩も2歩も3歩も4歩も5歩も6歩も」遅れていました。
同じ頃に先生になった人たちが、こんなことをした、こういう卒業生を出した、という話が耳に入ってくる中、自分は17年間も何をしてきたんだろうと。劣等感と言いますか、自己肯定感の低い状況にずっと置かれていましたね。
ワンオペと、暗闇と、泥沼の日々
- 夫は部活指導で土日も夜もいない。いわゆる「部活未亡人」に近い状況で、ほぼワンオペ育児
- 異動のたびに「商業科で大変、定時制で大変、新聞にも名前が出た厳しい学校で大変」と続き、スクランブルがかかったまま授業をやるような毎日
- 上の子がとても繊細な子で、育てるのがすごく難しかった
今思えば病院に行けばよかったと思うくらい、精神的に病んだ時期が2〜3年続きました。「暗闇の中で難しい子供を抱っこしながら、出口のないトンネルを歩き続けているような感覚」でした。
時間じゃなくて、質なんだ
やっと普通に授業ができる学校に行き、国立大附属で3年間の修行を積んで、そこからは「今まで失われた17年間を取り戻す」という気持ちで、ものすごいエネルギーと密度で走り続けました。2回の入院手術を繰り返すくらい、ボロボロになりながら。
その経験を経て気づいたことがありました。人間の成長って、時間や月日の積み重ねだけじゃなくて、あることを通してどれだけ深く広く学べるかが大きいんですよね。
17年間は「失われていた」んじゃなくて、そこでの必死の経験が深くて広い学びになっていたと、今は思います。
「さあこれからだ」と思ったら、残りが少なくなってきた
いつの間にか「先生の実践、勉強になります」と言ってもらえるようになり、オンライン交流会を自分で開催できるようになり、あちこちから登壇依頼も来て、ようやく「失われた時間を取り戻せたかな」という思いになってきた。
でも、そう思えてきたところで、今度は残りのライフステージをどう考えるかという問題が目の前に現れてきています。
✿ まとめ
- 生徒指導と子育てで、教科指導から大きく遅れた17年間があった
- ワンオペ育児と厳しい学校の日々は、出口のないトンネルのようだった
- 成長は時間の長さではなく、どれだけ深く広く学べるか
- 「失われた」と思っていた時間が、いちばん深いところで自分を作っていた
この配信は、出産や育児で出遅れ感を持っている人に、少しでも勇気を届けられたらという気持ちで話しました。今にして思えば、「失われた」と思っていた時間が、いちばん深いところで自分を作っていたのかもしれません。
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※この記事はClaudeをアシスタントとして使用しました。
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