
✿ この記事で分かること
- 高校時代から始まった私のPCとの出会い
- 劣悪なICT環境で一度ICT活用を断念した経緯
- 「ICTを使わない期間」に磨かれたアナログの技
- コロナ禍を機に再びデジタルと向き合い、自分を更新し続けること
ICTをバリバリ使う私にも、挫折した過去があった
ICTやAIをバリバリ使っている私にも、実は挫折した過去がありました。
今回は、私がどうICTと出会い、もがき、一度は挫折しながらも、今再びデジタルと向き合っているか、その「浮き沈み」の物語を共有しますね。
| 高校生の頃 | 父が仕事効率化のために買ってきたパソコンをこっそり触り、見よう見まねでプログラムを打って遊んだのが始まり |
|---|---|
| 教員になってから | PCオタクの生徒に教わりながら自腹でパソコンを買い、掲示板作りやホームページ制作に夢中に |
| ある県立高校で | 「環境の壁」にぶつかり、一度はICT活用を断念 |
| ICTを使わない期間 | アナログで活発な意見交換を生む技を必死に身につける |
| コロナ禍 | 再び奮起し、Googleワークスペースを学び、認定資格を取得 |
プールを細いホース一本で満たすような徒労感
GIGAスクール構想前、ICT環境が整っていなかった頃のかつての私は、自腹で買ったiPadを片手に、5キロ以上ある重たいプロジェクターとスクリーンを担いで、毎時間教室を移動していました。
プロジェクターもカメラもない。しかも学校のネット回線は「2.6kbps」という絶望的な遅さ。例えるなら、巨大なプールを細いホース一本で満たそうとするような徒労感でした。
私物のテザリングを使い、重い機器を担いで奮闘しましたが、身体も心も、そしてお財布もボロボロになり、「パトラッシュ、もう疲れたよ」という心境で、「もう、ICTなんていい!」と、一度はICT活用を断念したんです。
「断念」が鍛えてくれた教育者としての地力
ところが、この「ICTを使わない期間」が、私の教育者としての地力を鍛えてくれました。
紙媒体でもICTに負けないと意地になり、板書はもちろんのこと、KP法やグラフィック・ファシリテーション、折り本作りなど、アナログで活発な意見交換を生む技を必死に身につけたのです。
紙一枚で生徒の心を動かす泥臭い技が磨かれ、今では「電源が落ちても大丈夫」という自信に繋がっています。
再びデジタルの波へ
そんな中、コロナ禍で突然やってきたデジタル化の波。私は再び奮起し、Googleワークスペースを学び、認定資格を取得するまでに至りました。
ICTや生成AIという道具をどう使い、生徒に「デジタル・シティズンシップ」をどう伝えていくか。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が言うように、21世紀の教育において唯一普遍なのは「変化」だけです。私のような大ベテランも、「若者には負けん!」と自分を絶えずアップデートし続ける姿を生徒に示したいと思っています。
まとめ
ICTは魔法の杖ではありません。
失敗だらけの私の歩みから、これからの教室に必要な「絶えざる自己改造」のヒントを、一緒に探してみませんか?
私の失敗だらけのICT遍歴が、あなたの明日への一歩を後押しできれば嬉しいです。
この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。



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