数十年後の生徒に届く「息の長い授業」を|私の授業の根っこになった先生たちと、受け取ってきたバトン

✿ この記事で分かること

  • 今の私の授業の土台になった、小中高時代の先生たちと授業
  • 教科の知識を超えて、人格や批判精神を形作った本と言葉
  • 数十年後の生徒に届く「息の長い授業」という考え方

最近の配信では「ゴリゴリっとした重たい内容」が続いていたので、今日は少し肩の力を抜いて、私自身のルーツについてお話しさせてください。

私が今やっている授業の正体って、何なんだろう

ふと考えたんです。「私が今やっている授業の正体って、一体何なんだろう?」って。日々の授業で「これだ!」と思える瞬間もあれば、生徒の反応に「これで良かったのかな」とモヤモヤすることもあります。

でも、よくよく考えてみると、その答えは自分自身がかつて受けてきた授業の中にあるような気がするんです。結局のところ、私たちは自分が受けてきた教育のバトンを、無意識のうちに次の世代に渡しているんですよね。

私の授業の「根っこ」になった先生たち

小5・6年の担任(女性の先生)子育てをしながら、忙しい中でも授業に工夫を凝らす、マネジメント力の高いかっこいい女性。視覚に訴えかける授業スタイルは、今でも私の教え方の理想
中2の国語の先生話術が巧みで、構造的な板書でスルスルと授業を進める。テストで85点を取ったとき、「自分の授業で85点も取るなんてすごいと思う」とクラスで(名指しではなかったけれど)言ってくれた。それが大きな自信になり、国語という科目に特別な思いを抱くきっかけに
高校の古典の先生予習なしでは立ち行かない厳しい授業。清少納言と紫式部を比較したり、光源氏の手紙を書いたりと「凝った課題」を出してくれた

高校時代は経済的に厳しくて塾には一切通えませんでしたが、その分「古典だけは負けないぞ」という意地があったんです。辞書を引きまくって自力で現代語訳を作り、厳しい授業に食らいついていきました。凝った課題に夢中になって取り組んだあの時間が、今の私の「教材研究」の原点になっています。

教科の知識を超えて受け取ったもの

でも、受け取ったものは教科の知識だけではありませんでした。

  • 『インドで暮らす』:中学生の頃、社会の先生が勧めてくれた本。民族差別や偏見を鋭く告発するその内容に、真面目だった私は大きな衝撃を受け、目を見開かされるような思いをした
  • モーパッサン『女の一生』:厳しい現実を突きつけられ、女性として自立して生きる覚悟を植え付けられた

授業や先生の何気ない一言が、単なるテストの点数を超えて、私という人間の「人格」や「批判精神」を形作ってくれたんです。今、自分が生徒を前にして組織や環境について語るとき、根底にはあの頃に授かった「問い直す力」が脈々と流れているんだな、と改めて気づかされました。

数十年後に届く「息の長い授業」を

私たちが今、目の前の生徒たちに届けている授業も、もしかしたら今は「ふーん」と流されているだけかもしれません。でも、それでいいんだと思います。

何十年か経って、生徒たちが人生の岐路に立ったとき。「あ、あの時のあの考え方って、こういうことだったんだ」と思い出してくれるような、そんな「息の長い授業」をこれからも求めていきたい。私たちがかつての先生から受け取ったバトンは、そうやって時間をかけて、生徒たちの血肉になっていくはずですから。

✿ まとめ

  • 私たちは、自分が受けてきた教育のバトンを次の世代に渡している
  • 先生の何気ない一言や勧めてくれた一冊が、人格や批判精神を形作る
  • 今は流されていても、数十年後に芽吹く「息の長い授業」を
  • 授業づくりで孤独を感じたら、自分の「根っこ」を振り返ってみる

もし今、授業づくりで孤独を感じているなら、一度自分の「根っこ」を振り返ってみてください。あなたが救われた言葉、ワクワクした瞬間が、きっと次の授業を作る確かな力になるはずです。一緒に、未来の誰かに届く種をまき続けましょう。

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※この記事はNotebookLMをアシスタントとして使用しました。
#国語教育 #授業道 #教育のルーツ #人格形成 #古典教育

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