✿ この記事で分かること
- ダン・ロススタイン『たった一つを変えるだけ』の質問づくり(QFT)
- 問いを「作る」型の意義と、「自然に生まれる」問いへの批判
- 学習者の状態に応じた「使い分け」
- QFTの「エキス」だけを切り取る、私の今のスタイル

今回は、教育界で長く議論されている「問い」の在り方について、私自身の12年間にわたる実践と葛藤を交えてお話しします。
問い作りの「黄色い本」
議論の出発点は、ダン・ロススタイン氏の著書『たった一つを変えるだけ』で提唱された「質問づくり(QFT)」という手法です。(書籍はこちら)
私自身、この「黄色い本」に出会って以来、質問作りという魅力的な言葉に夢中でページをめくり、ワークショップに何度も足を運び、自分でも開催するなど、問いを立てる技術を必死に磨いてきました。でも、いざ教室で実践してみると、現実はそう簡単ではありません。型にはめようとして反発を招いたり、逆に自由を重んじすぎて何も生まれなかったり。
「作る」問いと「生まれる」問い
| 「枠(型)」の中で問いを作る | もともと学びに向かうことが難しい状況にある生徒たちに、いかに主体性を持たせるかという切実な願いが背景にある。生徒だけでなく、授業を作る教師自身の思考力を高める上でも大きな意義 |
|---|---|
| 自然に「生まれる」問い | 「問いとは本来、自然に生まれるものではないか」という批判的な声も。すでに探究的な姿勢が身についている生徒には、内側から自然発生的に生まれる問いを大切にした方が、学びは深く豊かになる |
私自身、本来は本を読んだり話を聞いたりする中で、自然と問いが湧き出てくるタイプです。しかし、すべての生徒が最初からそうであるわけではありません。
学習者の状態に応じた「使い分け」
私が長年の実践から学んだのは、学習者の状態に応じた「使い分け」の重要性です。基礎的な思考の土台が必要な時期には、あえて型にはめることで「叩き台」を作り、そこから徐々に自分なりの手法へとバージョンアップしていく。このプロセスこそが、自立した学び手への近道だと考えています。
ある時はガチガチの枠組みをあえて与え、またある時は心から湧き上がる言葉をじっと待つ。そんな、しなやかな姿勢です。
QFTの「エキス」だけを切り取る
現在の私は、膨大な時間を要するQFTのプロセスをそのままなぞるのではなく、その「エキス(要素)」だけを切り取った独自のスタイルを模索しています。
✿ まとめ
- QFTは、学びに向かいにくい生徒に主体性を持たせる手法。教師の思考力も鍛える
- 探究的な姿勢がある生徒には、自然に生まれる問いを大切に
- 型で叩き台を作り、自分なりの手法へバージョンアップしていく
- QFTのプロセスをなぞるより、エキスを切り取って使う
「問い」は作られるものか、それとも生まれるものか。その二項対立を超えた先にある、教育現場のリアルな手触りを感じていただければ幸いです。もし「問い作りの授業」に足踏みしている先生がいれば、まずは一度、この奥深い世界に飛び込んでみることをお勧めします。
あわせて読みたい
- 「問い」を整理しすぎると、なぜ授業は死んでしまうのか|QFT(問いづくり)を授業のどこに置くか
- 振り返りを一回疑って、白紙に戻して見直してみませんか|空洞化の4つの要因と抜け出すヒント
- 光源氏はなぜ泣いたのか。それだけでよかったのに|コンピテンシーベースの罠と目標の二重構造論
この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。



コメント