
皆さん、こんにちは。黒瀬直美です。
ゴールデンウィークの真っ只中ですが、私は4月からの校務の仕事に忙殺されて、もうヘロヘロになっています(笑)
教材研究も全然追いつかなくて、正直「後手後手」に回っている毎日です。
そんな中で、あえて高3の授業をデジタルから「アナログ」に戻してみたんです。
提出物の管理はデジタルの方が圧倒的に楽。でも、紙の端っこの書き込みや、何度も消しゴムで消した跡を見たとき、ハッとしたんですよね。
そこには、デジタルでは消えてしまう「その子自身の生々しい思考」が宿っていました。
効率を追い求める中で、私たちがこぼれ落としていたものは何だったのか?
失敗に終わった「動画授業」の苦い経験も交えて、リアルな身体性が持つ力についてお話しします
皆さん、こんにちは。今日もお疲れ様です。
この1学期、私は本当に校務の仕事に追いかけられていて、持ち帰り仕事も多くて……教材研究が追いつかないっていう、情けない状況なんです。
そんなバタバタの中で、ふと考え込んでしまいました。
今はICTが当たり前の時代ですよね。私も効率化は大好きです。
でも、画面越しに提出される「綺麗な文字」だけをサクサク点検していて、本当に生徒一人ひとりのつまずきや、頑張りを見取れているんだろうか?
デジタルで回収と返却を簡単にすればするほど、なんだか生徒との心の距離が遠くなっていくような、そんな言葉にできない「モヤモヤ」を抱えていたんです。
そこで、ちょっとした「実験」をしてみました。
一つは、高校3年生の「論理国語」で、あえてアナログのワークシートに戻ることです。
受験がまだ手書き主流だからという「もっともらしい理由」も添えましたが、本音はもっと別のところにありました。
アナログのプリントを回収してパッと見たとき、デジタルでは絶対に入ってこなかった情報が目に飛び込んできたんです。
プリントの端っこにちょこっと書かれた自分なりの思考のメモや、何度も消しゴムで消して書き直した跡、そして字の勢い……
それだけで、「あ、この子、今日はすごく勢力を傾けて取り組んでいるな」とか「ここで迷ったんだな」ということが、その子のパーソナリティと共に手に取るように分かるんですよね。
アナログしかなかった時代を思い出しました。
デジタルなら簡単で綺麗なフィードバックができます。でも、紙の上で「これ、いいやん!」って思わずささっと赤ペンで線を引く、あの反射的なレスポンス。
この生々しいやり取りこそが、生徒への理解をぐっと深めてくれるんだなと再確認しました。
それから、もう一つは「横着」をしようとして派手に失敗した話です。
「私が二人いればいいのに!」と思って、自分の解説を動画にして授業中に流してみたんですよ。
動画の私が説明している間に、本物の私が机間巡視すれば最高じゃん!って
ww
でも、これがもう、見事なまでにダメでした。
評論みたいな複雑な内容って、録画だと情報の密度が強すぎて、生徒に全然届かないんです。
私の表情や声のトーン、その場の「あ、ここ分かってないな」という空気に合わせたリアルタイムの判断ができないから、生徒の反応がみるみる死んでいくのが分かりました。
「あ、これは失敗だったわ」と、すぐに生身の解説に戻した苦い経験です。
結局、声のトーンや身振り手振りといった「身体性」や、手書きの「体温」みたいなものが、文字づら以上の膨大な情報を持っていることが再確認できました。
効率を重視して「身体性」を切り捨ててしまうと、教育で一番大事なコミュニケーションが死んでしまうということですね。
私は根っからの「実践者」なので、あまり深く考えずにパッと決めて走り出しちゃうタイプです。
今回も「アナログがいい!」って走り始めましたが、また明日には別のトライをしてたりデジタルに回帰しているかもしれません(笑)
でも、それでいいんだと思うんです。
先生方も、日々の忙しさで「いかに効率よく回すか」にばかり目がいきがちですよね。
でも、もしどこかで「生徒が見えないな」と感じたら、少しだけ不便で、少しだけ手間のかかるアナログの世界に立ち寄ってみませんか?
そこで見つけた生徒の「思考の跡」が、教材研究でボロボロになった私たちの心に、小さな灯をともしてくれるかもしれません。
忙しい毎日ですが、たまには深呼吸して、目の前の生徒と「生」の言葉で向き合っていきましょうね
私も後手後手になりながら、なんとか踏ん張ります。一緒に頑張りましょう!
※この記事はNotebookLMをアシスタントとして使用しました。
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