179_大学入試が変わらない限り、私たちの授業は「撥水加工」のままなのか?

Podcastのハイライト

「現代の国語」という新しい科目が誕生したとき、そこには「実社会で生きる言葉の力を育てる」という理想がありました。

でも、蓋を開けてみれば、最新の教科書の約半分に、載るはずのなかった「小説」が掲載されている。

正直、真面目に指針に従った教科書会社が「とばっちり」を食って損をするような、なんとも言えない「歪み」が生まれています。

現場の先生たちからは「入試が変わらないのに、授業だけ変えろなんて無理だよ」という冷めた声や、「言語活動ばかりで本当に力がつくのか」という不安も聞こえてきます。

私自身、一教員としてこの「現場丸投げ主義」には、もやもやが止まりません。

制度だけを整えても、教える私たちのマインドセットが置き去りでは、生徒の心に火は灯らない。

そんな教育現場の「本音」を、ゆるゆると、でも真剣に語りました。ぜひ最後まで聴いてみてください。

https://youtu.be/dGS-fKd9Md8

Podcastの概要

こんにちは、黒瀬直美です。
今日は、国語教育の現場を揺るがしている「現代の国語」の教科書問題について、一教員としての「現場感覚」を大切にしながら、今の思いをお話ししたいと思います。

先日、驚きのニュースが飛び込んできました。

高校の新科目「現代の国語」の教科書の約半数に、小説教材が掲載されることになったというのです。

これ、実はかなり大きな「事件」なんです。

もともとこの科目は、書く、話すといった言語活動を通じて、論理的・実用的な文章の力を伸ばそうというコンセプトで作られました。

文部科学省の指針では、小説は別の科目である「言語文化」で扱うことになっていたはずでした。

ところが、現場の現実はもっと切実でした。

「言語文化」では古文の文法や読解も教えなければならず、そこに近代の小説まで詰め込むのは時間が足りなすぎる。

その結果、現場の先生たちは「現代の国語の授業でも小説を扱える教科書」を求めたのです。

需要があれば、教科書会社も動きます。

指針に反して小説を載せた教科書が検定に合格し、多くの学校で採択され、シェアを伸ばしてしまいました。

一方で、真面目に指針を守って小説を載せなかった会社は、結果として損をする形になってしまった。

これでは「不満たらたら」になるのも無理はありません。

当初の美しい理念や理想とは裏腹に、なし崩し的に従来型の「現代文の授業」へと引き戻されていく現状。

私はこの問題を考えながら、結局のところ「現場丸投げ主義」が招いた結果ではないかと感じています。

現場の先生たちの多くは「大学入試が変わらなければ、授業の形は変えられない」と考えています。

また、言語活動ばかりを重視する教育に「昔の経験主義教育の二の舞ではないか」と懐疑的な視線を向ける先生も少なくありません。

文科省が学習指導要領を書き換え、教科書を変えれば現場が動く、と考えるのは少し甘いのではないか。そう思わざるを得ないのです。

私が考える解決の糸口は、二つの「柱」にあります。

一つは、現職教員の研修を「丸投げ」にせず、時間的にも精神的にも余裕を持って学べる機会をきちんと保障すること。

そしてもう一つは、もっと根底にある「教員養成課程」の見直し・・・というより教員免許状を出すのであれば、大学での学びの段階から、現行の学習指導要領対応の国語を扱うマインドを育てることを重視すること。

この二つが揃わない限り、現場の先生たちの意識を本気で変えることは難しいでしょう。

そして先にも述べた入試の形が変わらない限り、現場も従来型のやりかたで学力を保障しようとするため、変わりようがありません・・・。

私の願いはただ一つ。国語の授業がより豊かなものになり、生徒たちが「いきいき」と自分の言葉を紡げるようになることです。

そのために、まずは私たち教員が、この歪んだ現状から目を背けずに、自分たちの「立ち位置」を問い直していく必要がある。

そんな一石を投じる回になれば嬉しいです。

この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。

#現代の国語 #国語教育 #教科書検定 #言語活動 #教育の理想と現実

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