099_「良い問い」は作れるのか、それとも湧いてくるのか?

Podcastのハイライト

問い作りの「黄色い本」を知っていますか。

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質問作りという魅力的な言葉に夢中でページをめくり、ワークショップではペンを握る手に力を込めながら問いを練り上げました。

でも、いざ教室で実践してみると、現実はそう簡単ではありません。

泥臭く「問い」と向き合い、数えきれないほどの失敗を重ねてきました。

型にはめようとして反発を招いたり、逆に自由を重んじすぎて何も生まれなかったり。

そんな七転八倒の末に見えてきたのは、問いを「作る」ことと「生まれる」ことを使い分ける、しなやかな姿勢です。

ある時はガチガチの枠組みをあえて与え、またある時は心から湧き上がる言葉をじっと待つ。

正解のない教育現場で格闘し続けてきた私が、今ようやく辿り着いた「問いの深淵」について、等身大の言葉でお届けします。

YouTubeはこちら:

https://youtu.be/S6xNA3pJp3M

Podcastの概要

中学校・高等学校の国語教師として、また働く女性やデジタル教育の分野でも活動している黒瀬直美です。

今回の配信では、教育界で長く議論されている「問い」の在り方について、私自身の12年間にわたる実践と葛藤を交えてお話ししました。

議論の出発点は、ダン・ロススタイン氏の著書『たった一つを変えるだけ』で提唱された「質問づくり(QFT)」という手法です。

私自身、この「黄色い本」に出会って以来、ワークショップに何度も足を運び、自分でも開催するなど、問いを立てる技術を必死に磨いてきました。

この手法の背景には、もともと学びに向かうことが難しい状況にある生徒たちに、いかに主体性を持たせるかという切実な願いがあります。

一定の「枠(型)」の中で問いを鍛えることは、生徒だけでなく、授業を作る教師自身の思考力を高める上でも、非常に大きな意義がありました。

一方で、教育現場では「問いとは本来、自然に生まれるものではないか」という批判的な声も存在します。

私自身、本来は本を読んだり話を聞いたりする中で、自然と問いが湧き出てくるタイプです。

すでに探究的な姿勢が身についている生徒にとっては、あえて手法という負荷をかけるよりも、内側から自然発生的に生まれる問いを大切にした方が、学びはより深く、豊かなものになります。

しかし、すべての生徒が最初からそうであるわけではありません。

私が長年の実践から学んだのは、学習者の状態に応じた「使い分け」の重要性です。

基礎的な思考の土台が必要な時期には、あえて型にはめることで「叩き台」を作り、そこから徐々に自分なりの手法へとバージョンアップしていく。

このプロセスこそが、自立した学び手への近道だと考えています。

現在の私は、膨大な時間を要するQFTのプロセスをそのままなぞるのではなく、その「エキス(要素)」だけを切り取った独自のスタイルを模索しています。

「問い」は作られるものか、それとも生まれるものか。

その二項対立を超えた先にある、教育現場のリアルな手触りを感じていただければ幸いです。

もし「問い作りの授業」に足踏みしている先生がいれば、まずは一度、この奥深い世界に飛び込んでみることをお勧めします。

この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。

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