
Podcastのハイライト
教科書を開いた瞬間、教室に漂う「あ、また難しい評論だ」という冷ややかな空気。
高校の国語教師として、生徒たちの心がスッと離れていくあの気配を感じるたび、私は空虚な気持ちになったりしていました。
難解な論理を、どうにかして彼らの血の通った言葉にできないか。
それは、正解のない暗闇を這うような試行錯誤の連続です。
シラバスを睨み、「どうしよう、どうしよう」と独りごちる日々。
でも、ある日ふと手に取った一冊の絵本が、バラバラだったピースを繋いでくれたのです。
現場の熱量と、七転八倒しながら見つけ出した「教材を自分事にするためのハック」について、お届けします。
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Podcastの概要
中学校・高等学校で国語を教え、デジタル教育や働く女性の課題にも向き合っている黒瀬直美です。
今回の配信では、新学習指導要領で多くの現場が頭を抱えている「論理国語」の授業をどう「ハック」するか、オンライン交流会での熱い議論をもとに再構成してお伝えします。
論理国語は、ともすれば難解な評論ばかりが続き、生徒が「自分には関係ない」と意欲を失いやすい科目です。
私はこの課題に対し、生徒の主体性を呼び起こすための「仕組み」作りに没頭してきました。
その鍵となるのが、教材を生徒の「実感」に設置させることです。
具体的には、定番の評論「ミロのビーナス」に、あえて絵本『ぼくを探しに』を重ねて読む「合わせ読み」を実践しました。
評論の抽象的なテーマを、絵本という具体的なメタファーで補うことで、生徒たちは「欠損した自己の回復」という問いを自分事として捉え始め、驚くほどの没入感を見せてくれました。
さらに、この学びを古典の名作「山月記」へと繋げ、「自分はどう作られるのか」という大きな問いに昇華させていく。
この「ビビビッ」と繋がる感覚を求めて、私は常に現実世界や他のメディアにアンテナを張り巡らせ、素材を「探し回って」います。
交流会では、ベテランの先生が「朝4時にお風呂に入りながら、その日の授業の『枕(導入)』を考える」という、教育者としての凄まじい執念を語ってくださいました。
授業者が日常のあらゆる場面でアンテナを立て、素材を関連付ける癖を持つこと。
そして、生徒に「読みたい」と思わせるための「産みの苦しみ」とも言える試行錯誤を厭わないこと。
授業づくりは、決してスマートな作業ではありません。
教材と格闘し、失敗し、それでも「学びの仲間」と対話を繰り返しながら、一歩ずつ進んでいく泥臭いプロセスの連続です。
生徒の心に火を灯すための創意工夫と、それに向き合う授業者自身の学びの姿勢について、実感を込めてお話ししています。
この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。



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