

こんにちは。「今日も明日も授業道」、黒瀬直美です。
このnoteでは、中学・高校の国語教育、働く女性のリアル、そしてデジタル教育のこれからについて、日々の現場から感じたことをゆるっと綴っています。
今回は第228回の配信から、「受験対策授業をした後、生徒が質問に来たけど、その内容があまりにも本質的だった話」をお届けします。
📝受験対策授業への違和感
最近、高校3年生の「論理国語」の授業では、大学入試を見据えた受験対策を進めています。ただ、正直に言うと…私は受験対策そのものに強い違和感を抱いてきました。
なぜかというと、受験対策は多くの場合、ハウツー中心。つまり、問題の解き方や点数を取るためのコツを教えるスタイルに偏りがちです。しかしそれは、「読む」ことの本質からはズレているように感じてならないのです。
加えて、受験で身につけたスキルが、社会に出たときにそのまま生きるかというと…疑問が残ります。私は、国語教育が目指すべきは「生きて働く言葉の力」であるべきだと思っています。
📚GWに考えた、受験対策の意義
そんな私ですが、ゴールデンウィーク中には受験対策に関する本を何冊か読み、あらためて考えを整理しました。
その結果、やはり大切なのは「授業」であるという結論に至りました。
予備校の先生の書かれていることは、方法は様々ではありましたが、共通していることは日頃授業でやっている地道な読解がベースになるということでした。
日々の授業が土台にあってこそ、受験対策も意味を持つのだと。
授業で深く読む力を育て、そこに戦略的なアプローチを少し加える。それが自然な形だと感じたのです。今は、その思いを抱きながら、授業の中に小さなハウツーを少しずつ投げ入れている状況です。
🧠記述模試の復習と、生徒からの「本質的な質問」
そんなある日、5月に実施された記述模試の復習授業を行いました。
まずは文章の構造を図示化し、記述のアプローチ方法をレクチャー。実際にもう一度解き直してもらい、私が添削して返却するという流れです。
その授業の後、一人の生徒が教卓にやってきて、こんな質問をしてきました。
「対立構造とか変化とかを意識しながら読まなきゃいけないんですか?
僕は文章に没頭してしまうんですけれど…」
🌀「読みに浸る」ことの価値
その生徒は、批判的思考力や語彙力が高く、いつも深くじっくりと文章を読み込むタイプ。彼のノートや図式化は毎回ハッとさせられるものがあり、国語力の高さを感じさせます。
彼の問いに、私は胸を打たれました。
実を言えば、私自身も文章を読むときに「ここはAとBの対比だな」といちいち意識しながら読むわけではありません。むしろ、文章の世界に没頭し、語りかけられるように、問いかけるように、物語と対話するように読むのが私のスタイルです。
だから、彼の「没頭する読み方」は、まさに本物だと私は感じました。
🤝受験と本来の読みの「折り合い」
ただし、現実には受験があります。限られた時間で、戦略的に読む力も求められる。教える側としても葛藤があります。
だからこそ私は彼に伝えました。
「あなたの読み方は、本当に価値のあるもの。
大学に行っても、社会に出ても、それはあなたの大きな武器になる。
でも今は受験もあるから、少しだけ戦略的な読み方も覚えよう。
あなたの読みと、試験の読み方、それぞれに場所を与えて、うまく使い分けていこう。」
彼はうれしそうにうなずき、少し安心したような表情を浮かべていました。
✍️読むことの本質とは何か
「読む」という行為には、本来、苦しみや悩み、発見が伴います。
自分の課題を見つけ、その課題を乗り越えるために文章と対話していく。そのプロセスが、思考力や判断力、表現力を育てていく。
その力こそが、国語教育の核心であり、将来、生きて働く力につながるのではないでしょうか。
🔚おわりに:折り合いをつけながら、本物の力を育む
受験対策をしながらも、「本物の国語力」を手放さないこと。生徒にも、そして教える私たち自身にも、その折り合いが必要なのだと感じています。
全国の国語の先生方は、こんなときどうされているのでしょうか?
皆さんの現場でも、きっと同じような葛藤があるのではないでしょうか。
今日のエピソードが、少しでも皆さんの実践に重なる部分があれば幸いです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。またお会いしましょう。



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