
ハイライト
「古典が嫌いな生徒が多い」「高校に古典は本当に必要なのか」
――そんな声を、巷でよく耳にします。
デジタル化が進むなかで、古典の「実用性」が以前よりも厳しく問われる時代になったように感じます。
でも私、長年古典を教えてきて、「古典が嫌いで嫌いで仕方ない」という生徒に出会ったことがないのです。
むしろ「面白い」と目を輝かせる子ばかり。
このギャップは何なのか。
文法、実用性、学習スタイル、歴史理解――
「古典嫌い」の4つの理由に、現場の実感から一つひとつ向き合ってみました。
「古典の勉強なんて、何になるの?」
最近、そんな声をあちこちで耳にします。
数年前には高校で「古典は本当に必要なのか」という論争もありました。
ICTやデジタルが進化するにつれて、古典の「実用性」が以前よりも厳しく問われる時代になったように感じます。
データを見てみると、たしかに気になる結果があります。
ベネッセの調査では、現代文を「好き」と答えた大学生が6割いるのに対し、古典は4割しか「好き」と答えていません。
中学生になると、古典が「好き」という子は3割程度で、「どちらかというと嫌い」を含めると7割近くにまでなるそうです。
現場の授業改善や実践発表の場でも、「古典は嫌われもの」という前提で話が進むことが、本当に多いんですよね。
でも、正直に言わせてください。
私、長年古典を教えてきましたが、「古典が嫌いで嫌いで仕方ない」という生徒に出会ったことがないんです。
聞こえてこなかっただけかもしれませんが、むしろ「次は何を読むの?」「古典って面白い」と楽しみにしてくれる生徒にばかり巡り合ってきました。
だから世間でよく言われる「古典嫌い」が、私にとってはどこか遠い世界の話のように感じられてしまうんです。
このギャップは何なのか。
気になって、AI検索で「古典が嫌われる理由」を調べてみました。
出てきたのは大きく4つ。
「文法が機械的に教えられてつまらない」
「実用性に乏しい」
「受動的な学習スタイルになりがち」
「歴史的背景の理解が難しい」
というものでした。
今回は、この4つに一つずつ向き合ってみたいと思います。
まず文法。
たしかに、意味も意義もなく機械的に教えられたら、それは嫌いになって当然です。
私自身は、文法を体系的に教える場面もありますが、基本は文章を読み深めるなかで「この助動詞のおかげで、こんなふうに世界が変わって見えるんだ」という発見を積み重ねるようにしています。
どうしても機械的に教えざるを得ない場面では、ゲームや遊びの要素を取り入れて、単調な学習の場を少し面白おかしく変える工夫をしています。
「実用性に乏しい」という声にも、私は違うと思っています。
古典は、先祖が「これは大事だ」と思って残してきたものです。
役に立たないものは、そもそも残らない。
だから古典には、生きるためのエキスがぎゅっと詰まっているはずなんです。
もし生徒が「役に立たない」と感じているなら、それは私たち教える側が、教材としてうまく落とし込めていない、力量不足の問題なんじゃないかと思っています。
「受動的な学習スタイル」については、教え込むスタイルから、問いを投げかけて生徒に答えさせるスタイルへ授業技術を転換していけば、生徒は自然とアクティブになれると思っています。
私たちが昔受けてきた古典の授業のスタイルをそのまま再現しようとするから、同じことが繰り返されてしまうんですよね。
「歴史的背景の理解が難しい」という点も、今は動画や漫画など視聴覚教材が溢れています。
声優さんがアニメで読んでくれる作品も増えていますし、それを聞きながら古典の世界をぐっと身近に感じられる時代になりました。
こうして4つの理由に向き合ってみると、どれも授業のやり方次第で乗り越えられるものばかりだと、改めて思います。
古典が嫌いな生徒に出会ったことがない私は、もしかしたら少し特殊なのかもしれません。
それでも、古典はもっと生き生きとした、面白いものになれるはずです。皆さんの教室では、どうでしょうか。
※この記事はClaudeをアシスタントとして使用しました。
#古典教育 #国語授業 #古典必要論 #授業改善 #国語教師



コメント