
「貧しさは教育力」
この言葉を聞いて、あなたはどう感じますか?
今の教室を見渡すと、タブレットもスマホもあって、情報は溢れている。
でも、どこか子供たちの目が死んでいるように見えることはありませんか。
何でも与えられることが、実は一番の「奪い」になっているのかもしれない。
私が、何もない部屋で百科事典をめくっていた頃の、少し切なくて豊かな話をさせてください。
続きは、音声で。
Scene1|どうすれば生徒は、自ら学び始めるようになるのか?
先日、同僚の先生たちと「どうやったら生徒が勉強するようになるかなあ」なんて話をしていたんです。
今の時代、調べようと思えば一瞬で答えが出てきますよね。
でも、その便利さと引き換えに、私たちは何か大切なものを手放してしまった気がしてなりません。
知識が「自然と回数目に入っちゃう」環境はあっても、それを自分のものにする熱量はどこにあるのか。
ふと、自分の少し不自由だった子供時代のことが頭をよぎりました。
Scene2|100円を握りしめ、お便り欄をなぞった日々…
私の家は決して裕福ではなくて、3人姉妹の長女として育ちました。
小1のお小遣いは月100円。小学校2年生で200円。
妹と合わせてやっと『なかよし』を買えるかどうか、という世界です。
だから、買った雑誌は本当に貴重で、 漫画はもちろん、「隅から隅まで丁寧にお便りの欄まで」、そしてペンフレンド募集の欄まで読むのが癖になっちゃったんですよね。
家では父親がテレビにかじりついていて、私たちにはチャンネル権なんてありません。
ラジカセもスマホもない部屋で、ただじっと座っているしかない。
「あの子の家にはあるのに」と羨むことさえできない、どうしようもない退屈。
そんな情けない空っぽの時間が、私をある場所へと追い詰めていきました。
Scene3|「もう暇で暇でしょうがなくて」開いた扉!
本当に、すること、何にもないんですよ。
だから「もう暇で暇でしょうがなくて」、家にある百科事典を読み始めました。
パッと開いて面白いと思ったところを読み、また興味が湧いた言葉を着目して、それを引き直す。 誰かに言われたわけじゃなく、まさに「しょうがなしに」始めたことでした。
でも、知らず知らずの間に、言葉と言葉を関連づける癖がついていたんです。
探究なんて格好いい言葉じゃなく、飢えていたものを満たす先が、たまたま本だった。
もしあの時、私の手にスマートフォンが握られていたら。 私のエネルギーは、きっと別の場所へ「ドーっと」流れて消えていたはずです。
Scene4|全部を与えないことが、最高の教育になる?
今の生徒たちを見ていると、味わう前に飲み込まされているような気がしてなりません。
学問の「面白さ」を知らされないまま、ただ消費していく。
教える私たちが、あえて少しだけ「不便さ」を残しておく勇気。
全てを整えてあげないことが、彼らの「考える力」を育てる一番のスパイスになるのかもしれません。
※この記事はNotebookLMをアシスタントとして使用しました。
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