
Podcastのハイライト
24歳の私には、目の前の生徒を救う術が何もありませんでした。
夜の定時制、薬物の影響か「ベロベロ」になって登校してくる彼を前に、ただ立ち尽くすだけ。
「お嬢さん育ち」の私には、彼の荒れた生活を止める言葉が見つからなかったのです。
でも、それから数年後。
再会した彼は、私の知る「ひょろひょろの少年」ではありませんでした。
筋骨隆々とした逞しい体つきで、自ら会社を立ち上げ、3人の子の父として立派に生きていたのです。
今の教育現場は「PDCA」や「エビデンス」といったビジネス用語で溢れていますが、人の成長はそんなに短期間で測れるものなのでしょうか。
苗を植え、枝を打ち、30年後にようやく結果がわかる「林業」のように、もっと長いスパンで生徒を信じ抜く。
そんな教育の「尊さ」と「辛抱強さ」について、私の失敗談を交えてお話しします。
Podcastの概要
皆さん、こんにちは。黒瀬直美です。
最近の学校現場では、PDCAサイクルを回すとか、数値目標やエビデンスといった、まるでビジネス界のような言葉が当たり前のように飛び交っています。
効率や可視化が求められる時代ですが、私はふと思うのです。
「教育って、そんなにすぐに結果が出るものなのだろうか?」と。
私の知人の先生は、「教育は林業に似ている」とよくおっしゃいます。
苗を植え、雑草を取り、日当たりを良くするために枝を切り、何十年もかけてじっくりと育てていく。
そして、その成果がわかるのは20年、30年先のこと。
そんな「林業的な教育」の尊さを私に教えてくれた、ある教え子のエピソードを今回はお話ししたいと思います。
それは、私がまだ20代半ばで、定時制高校に勤めていた頃のことです。
当時、その学校は今では考えられないほど荒れていて、暴走族や問題を抱えた生徒たちがたくさんいました。
私の担任したA君もその一人でした。
中学時代は野球に打ち込んでいた彼ですが、受験の失敗をきっかけに生活が乱れ、仕事仲間の影響で薬物にまで手を出してしまったようでした。
学校に「ベロベロ」の状態でやってくる彼を、私は別室で介抱し、面談を繰り返すことしかできませんでした。
「お嬢さん育ち」で経験の浅かった私には、彼の人生を変えるような力強い言葉をかけることができず、結局、彼は入院することになり、そのまま学校を去ってしまいました。
私は自分の無力さを痛感し、彼に対して何もできなかったという後悔だけが残りました。
しかし、物語には続きがありました。
私の後を引き継いだ年配の男性教諭が、学校を辞めた後の彼を、数ヶ月に一度「どうや?」と玄関先まで訪ね続けていたのです。
その粘り強い「並走」が実を結び、彼は3年後に復学。そして卒業式の日、私はかつての面影がないほど立派に成長した彼と再会しました。
あの頃ひょろひょろだった彼は、肉体労働を経て「筋骨隆々」とした逞しい青年になり、友人と運送会社を立ち上げ、家族を養う立派な父親になっていました。
その姿を見た瞬間、私は大号泣してしまいました。
目の前の現象に一喜一憂するのではなく、その子の10年後、20年後の姿を信じて「遠くのほうまで」見守り続けること。
それこそが教育の本質だと、彼と、彼を支え続けた先生から教わったのです。
効率や成果ばかりが重視される今だからこそ、私たちは一度立ち止まって、この「林業」のような息の長い関わりを大切にするべきではないでしょうか。
今、目の前の生徒との関わりに悩み、独りで空回りしていると感じているとき、ふと思い出します。
このエピソードが、少しでも皆さんの心を軽くするヒントになれば幸いです。
この記事はNotebookLMによる文章作成を行いました。



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