328_偏差値70から教育困難校まで—多様な現場を歩いて辿り着いた「場作り」の真実

Podcastのハイライト:

最近、自由進度学習や個別最適な学びといった、聞こえのいい言葉が教育現場に溢れていますよね。

でも、どんなに素晴らしい授業を計画しても、その土台となるクラスの信頼関係がグラグラだと、何を乗せてもうまくはいきません。

結局は「空転」して終わってしまうんです。

私はこれまで、国立大附属のような超進学校から、文字通り「筆舌に尽くしがたい」状況にある定時制高校まで、本当に多様な生徒たちと向き合ってきました。

そこで痛感したのは、安心安全な場作りがいかに難しく、そしていかに残酷なまでに重要かということです。

マニュアル通りにはいかない、バタバタと走りながら格闘してきた私の「現場の記憶」を、包み隠さずお話しします。

今、目の前の生徒との関係に悩んでいるあなたに、届いてほしい内容です。

https://youtu.be/XOphEzU6ubQ

Podcastの概要:

今の教育現場や日常で感じる「違和感」や「課題」

今の教育現場って、自由進度学習とか自己調整学習とか、なんだかキラキラした言葉で溢れていますよね。

もちろん、それ自体はとても素晴らしいことだと思います。

でも、長年教壇に立ってきた私がつくづく思うのは、その「土台」がしっかりしていないと、どんなに良い授業を投入しても、全部スカスカに滑っていってしまうんじゃないか、ということです。

どんなに高度なスキルを磨いても、クラスの人間関係が「安心安全」でなければ、学びは深まりません。

最近の流行りに乗っかってみるものの、なんだかクラスが落ち着かない、手応えがない……。そんな「空回り」の感覚に、多くの先生が苦しんでいるのではないでしょうか。

実際にやってみたこと、失敗したこと、揺れ動く感情

私はこれまで、本当にいろんな生徒実態の学校を渡り歩いてきました。

国立大附属では、生徒の知的好奇心に助けられ、教員としての「甘え」が出てしまう怖さを知りました。

スポーツ好きが集まる総合学科では、生徒たちの「チームのために頑張る」という素直なポテンシャルに助けられ、一番やりがいを感じることもできました。

教育困難校と言われる学校では、授業規律を一つ作るのにも一苦労で、ある程度の「圧」をかけたり、エンターテインメント性を発揮して生徒を納得させたりしなければ、授業のスタートラインにすら立てませんでした。

生徒指導のスクランブルが常にかかりっぱなしで、バタバタと走りながら授業をするような毎日です。

さらに、定時制高校での経験は、私の教員人生を根底から揺さぶるものでした。

家庭の機能不全や経済的な困窮……教員というより、もはや福祉のレベルで関わらなければならない生徒たちを前に、自分の無力感に打ちのめされる日々でした。

彼らは当初の私のことは「先生」とは認めてくれませんでした。

ただ寄り添うこと、共に生きることしかできなかった、トライアンドエラーの連続だったあの頃は、今思い出しても本当に厳しかったです。

音声本編で語られている核心的なメッセージ

そんなボロボロの経験を経て、私が見つけた一つの答えがあります。それは、教員自身が「教員という鎧を脱ぐ」という姿勢です。

「国宝」という映画の中で、お師匠さんが弟子に向かって三指をついて「ありがとうございました」と深々と頭を下げる場面がありました。

定時制の生徒たちも、まさにそうでした。

教員が「教えてやっている」という高いところから話すのではなく、一人の人間として、彼らに向かって「今日もお付き合いありがとう」と深々と頭を下げるような、そんな謙虚な姿勢が必要だったんです。

「安心安全な場」というのは、綺麗な教室や洗練されたシステムで作るものではありません。

教員が自らの立ち位置を常に問い直し、たとえ空振りしても、失敗しても、泥臭く生徒一人ひとりと向き合い続けることでしか、その土台は築けないのだと思います。

読者へのささやかなエール

授業がうまくいかない、生徒と心が通わない。そう思って、自分の力不足に落ち込んでいる先生、大丈夫ですよ。

長年やってきた私だって、今でも「本当に場作りができているかな?」と自問自答する毎日なんですから。

土台作りは時間がかかるし、一筋縄ではいきません。

でも、そこを諦めずに目指していきたい。

バタバタと走り回りながらでも、生徒と共に生きるその時間が、いつかきっと、あなたにとってもかけがえのない宝物になるはずです。

今日もお疲れ様です。一緒に、ぼちぼちやっていきましょう。

※この記事はNotebookLMをアシスタントとして使用しました。

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