
きっかけは、ちょっとした「ひがみ」でした
SNSを開くと、流れてきます。
「Claude Codeでルーチン化!」「AIエージェントで爆速処理!」「大量の情報を自動でさばいて成果を出す!」
すごいな、とは思います。でも同時に、どこかひっかかる気持ちもあります。
私がやっている授業づくりは、ルーチン化できないんです。
ドリルのような単純作業ならともかく、ワークシートを作るたびに、過去のものを引っ張り出してきて、今のクラスの生徒に合わせて書き直します。
しかも、作り手である私自身も毎年成長しているから、3年前のワークシートを見ると「ここ、もっとこうしたい」と手を入れずにはいられません。
教えるということは、相手(生徒)も動いている、自分(教師)も動いている、動的なもの同士の組み合わせです。
そこに「型」「自動化」「ルーチン化」をはめ込もうとしたら、どこかがきっとこぼれ落ちる。
だとしたら、私にとってAIエージェントって、意味あるんだろうか?
Claude Codeに課金して、撃沈した話
そんなことを考えながら、試しにClaude Codeに課金してみました。
結果は……撃沈でした。理由は3つあります。
ひとつめ。
使い始めてすぐ気づいたのですが、操作感がCursorにとてもよく似ていました。私はすでにCursorをある程度使っていたので、「これ、知ってる」という場面が多い。新しく習得することへの期待感が、するするとしぼんでいきました。
ふたつめ。
せっかく課金したのだからと思い切っていろんなことをお願いしてみたら、あっという間に上限に達してしまいました。処理しきれずに途中で止まる。「爆速」どころか、むしろ手作業より遅い、という場面すら生まれました。
みっつめ。
そもそもAIがうまく起動しないことが多かったです。スキルを使っても思ったような結果が得られない。今ごろAnthropicがものすごい勢いで世界中から使われているからだろうか、と想像しているのですが、とにかく動きが不安定で、こちらの使い方も手慣れていないまま、空回りが続きました。
「曖昧さ」を抱えたまま、問い続ける
ここで私は、もう少し深く考えてみました。
そもそも、私がAIに求めているのは何だろう?
「タスクを処理してもらうこと」でも、「結論を出してもらうこと」でもありません。
私が向き合いたいのは、過去の自分が作ったワークシートを眺めながら、「あのとき、あの生徒たちは何に引っかかっていたんだろう」と思い出すこと。
今のクラスの子たちの顔を浮かべながら、「この問い、届くかな」と考えること。その曖昧さや迷いを抱えたまま、それでも「もっと良い授業」を探して問い続けること——そのプロセスそのものです。
AIエージェントに結論を「任せる」のではなく、その問い続ける過程に「一緒にいてもらう」こと。
これが私にとっての、AIとの正しい関係なんだと気づきました。
「併走」という言葉が、しっくりきます
爆速処理でも、丸投げでも、効率化でもなく——「併走」。
私が曖昧さを抱えながら歩くペースに合わせて、AIも並んで歩く。
私が「あの生徒、あの場面」を思い出しながら立ち止まったら、AIも立ち止まって一緒に考える。
私が「こっちの方向じゃないか」と直感したら、AIはその直感を言葉にする手伝いをしてくれます。
そこで生まれるのは、効率化とは次元の違う何かだと思います。
「爆速」が縦軸の話だとしたら、私が求めているのは横軸、あるいはもっと別の次元の話です。
試行錯誤の過程が、授業をつくる
AIと対話しながら授業を考えるとき、私は何度もやり直します。
「この問いじゃないな」「もう少し生徒に委ねたい」「ここは私が語らないといけない」
そのたびにAIに投げかけ、返ってきた言葉に「そうじゃない」と感じながらまた問い直す。
この試行錯誤の過程そのものが、実はもう授業づくりの一部になっています。
考えてみれば当然のことです。
授業は結論じゃなく、問いの連続でできています。
生徒に「問い続ける力」を育てたいと思っている私自身が、AIとの対話の中で問い続けている。その一致が、どこか心地よいのです。
AIに任せるのは「作業」で、「問い」じゃない
もちろん、ワークシートの文言の推敲や、難易度の調整、レイアウトの整理といった作業はAIに委託できます。それは大いにやればいいと思います。
でも「何を問うか」「なぜこの授業をするのか」「この生徒に今何が必要か」——そこは委託できないし、してはいけません。
そしてその「委託できない問い」を深めるために、AIと対話する。
それが私の授業づくりにおけるAIの役割です。
世間の「爆速」より、自分の「問い」を信じる
Claude Codeのような難しいツールを使いこなせなくても、全然いいと思っています。
普通のチャット画面で、「私の今の問題意識はね……」と語りかける。そこから始まる対話の中で、過去の自分を思い出し、目の前の生徒を思い浮かべ、曖昧なまま問い続ける。
その過程で生まれるものは、爆速処理で量産されるアウトプットとは、次元が違います。
ツールに人間が合わせるのではなく、人間の問いにツールが寄り添う。
AIとの「併走」は、そういうものだと、今は思っています。
この記事はClaudeとの対話をもとに、黒瀬直美が執筆しました。



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